『チ。―地球の運動について―』の最終巻を読み終え、しばらく動けなくなってしまった経験はありませんか?
圧倒的な熱量、緻密な論理構成、そしてページをめくるたびに突き刺さる哲学的なセリフの数々。「これを描いたのは、一体どこの大学の教授なんだ?」「まだ20代? そんなはずはない、絶対に東大か京大の哲学科出身に違いない」……そう確信して、震える手でスマホの検索窓に「魚豊 大学」と打ち込んだ。
この記事に辿り着いたあなたは、まさにそんな衝撃の渦中にいるのではないでしょうか。
結論から申し上げます。魚豊先生は、東京大学出身ではありません。
しかし、がっかりする必要はありません。彼が歩んできた道のりは、東大卒という肩書き以上にドラマチックで、哲学的です。なぜ「東大説」という誤解が生まれたのか。そして、なぜ彼は大学という「知の権威」を捨ててまで、漫画という表現を選んだのか。
今日は、一人のマンガ文化研究家として、そしてあなたと同じく『チ。』に心を震わせた同志として、魚豊先生の「学歴」という名のミステリーを解き明かしていきます。
【結論】魚豊は東大ではない。なぜ「高学歴説」が流れたのか?
まず、あなたが最も気になっている疑問に白黒をつけましょう。魚豊先生の最終学歴は「大学中退」であり、その大学も東京大学ではありません。
では、なぜネット上ではまことしやかに「魚豊=東大説」が囁かれているのでしょうか? 単に作品が知的だから、という理由だけではありません。そこには、ある一人の重要人物の存在が深く関わっています。
その人物とは、魚豊先生の担当編集者である千代田修平氏です。
「天才作家」と「東大卒編集者」の関係
実は、この千代田修平氏こそが、正真正銘の東京大学文学部出身なのです。
マンガ制作において、編集者は単なる進行管理役ではありません。特に千代田氏は、作家と徹底的に対話し、作品の構造やテーマを一緒に練り上げるスタイルで知られています。魚豊先生自身も、インタビューなどで千代田氏との打ち合わせがいかに刺激的であるかを度々語っています。
つまり、私たちが『チ。』という作品から感じ取った圧倒的な知性は、「魚豊先生の野生的な感性と哲学的問い」と「千代田氏のアカデミックな知見と論理構成」が、高度なレベルで融合した結果なのです。
読者が作品の背後に「東大レベルの知性」を感じ取ったのは、ある意味で正解でした。ただ、その属性を持っていたのが作者本人ではなく、一番近くにいるパートナーだったというわけです。この二人の関係性は、まさに『チ。』におけるラファウとフベルト、あるいはバデーニとオクジーのように、異なる立場の人間が手を組んで真理(面白い漫画)を追求する姿と重なります。

哲学科を2年で中退。「漫画家・魚豊」が誕生した本当の理由
「東大ではない」ことは分かりました。では、魚豊先生は実際にどのような学生時代を過ごしたのでしょうか。
彼は東京都内の大学の哲学科に進学しています。しかし、そこを2年生で中退しました。
ここで多くの人が抱く疑問は、「勉強についていけなかったのか?」「単に漫画が忙しくなったからか?」という点でしょう。しかし、彼のインタビューや発言を深く読み解くと、そこにはもっと切実で、ある種「魚豊らしい」理由が見えてきます。
「意味のないこと」が許せないという苦悩
魚豊先生は、かつて「自分は勉強が全然できない」「受験もしたことがない(付属校からの進学等)」と語っています。しかし、それは能力の問題というよりは、「自分が納得できないことに時間を費やすことへの強烈な拒絶感」に近いように感じられます。
大学のアカデミズムは、どうしても手続きや形式を重んじます。哲学を学びたいのに、語学や一般教養の単位を取らなければならない。多くの学生はそれを「そういうものだ」と割り切りますが、彼はそれが許せなかったのではないでしょうか。
「漫画をやめるくらいの何かに出会わなかった」
これは彼が中退の理由として語った言葉のニュアンスです。大学という場所が、彼にとって「漫画を描くこと」以上に人生を賭けるに値する対象(真理)を提供してくれなかった。逆に言えば、彼にとっての哲学とは、大学の講義室でノートを取ることではなく、漫画という表現手段を使って、世界に向けて問いを投げかけることだったのです。
この「中退」という決断は、挫折ではありません。既存の権威(大学)から飛び出し、自分の信じる方法(漫画)で地動説を唱え始めた、彼なりの「覚悟の証明」なのです。
大学名より重要。魚豊の脳内を作った「3つの必読書」
魚豊先生の知性が大学教育だけで作られたものでないなら、その源泉はどこにあるのでしょうか?
彼は典型的な「独学の人」であり、凄まじい読書家です。ここでは、彼がインタビュー等で言及し、作品の骨格を作る上で決定的な影響を与えたと思われる3つの「知の源泉」を紹介します。これを知れば、大学名というラベルがいかに些末なものか分かるはずです。
魚豊の脳内を構成する必読書リスト
| 書籍・思想家 | 作品への影響・関連性 | 備考 |
| アリストテレス『詩学』 |
ストーリー構成の教科書
「カタルシス(感情の浄化)」や「どんでん返し」の理論を漫画に応用。エンタメとしての面白さの土台。 |
創作論のバイブルとして公言 |
| カント(純粋理性批判など) |
「コペルニクス的転回」
『チ。』のテーマである「天動説から地動説へ」というパラダイムシフトの根底にある思想的支柱。 |
認識論への強い関心 |
| 高校の「倫理」の教科書 |
哲学への入り口
「人間とは何か」「よく生きるとは何か」という問いに初めて触れ、衝撃を受けた原体験。 |
専門書以前の重要なルーツ |
特にアリストテレスの『詩学』への言及は重要です。彼はこの古典を、単なる教養としてではなく「面白い漫画を描くための実用書」として読み込んでいます。
「悲劇とは何か」「なぜ人は物語に感動するのか」。2000年以上前の哲学者が考え抜いた理論を、現代のエンターテインメントに落とし込む。この「古典と現代の接続」こそが、魚豊作品が持つ普遍的な強度の正体です。大学の単位のためではなく、面白い作品を作るために本を読む。その貪欲な姿勢こそが、彼の知性を磨き上げたのです。
Q&A:魚豊の素顔に迫る(年齢・本名・顔出し)
最後に、作品のファンとして気になる「素顔」についての疑問にお答えします。
Q1. 魚豊先生の年齢は?
A. 20代です。
『チ。』の連載開始時(2020年)は、なんと20代前半でした。この若さであの重厚な物語を描き切った事実に、改めて驚かされます。若さゆえの「世界に対する違和感」や「熱量」が、作品のドライブ感に繋がっていると言えるでしょう。
Q2. 顔出しはしていますか?
A. 基本的には顔出しNGです。
メディアのインタビューや対談(国土交通省のプロジェクトなど)に登場する際は、顔を隠していることがほとんどです。しかし、そのミステリアスな存在感が、かえって「作品そのものを見てほしい」という彼のストイックな姿勢を際立たせています。
Q3. 本名は公開されていますか?
A. 非公開です。
「魚豊(うおと)」というペンネームの由来も明言されていませんが、「魚」と「豊」という漢字の組み合わせには、どこかプリミティブで豊かなイメージがあります。
まとめ:学歴という「天動説」を捨てて。魚豊が私たちに見せる世界
ここまで、魚豊先生の学歴と知性のルーツについて掘り下げてきました。
- 魚豊先生は東大卒ではない(東大卒は担当編集者の千代田氏)。
- 哲学科を中退したのは、漫画という手段で哲学する覚悟を決めたから。
- その知性は、大学の講義ではなく、アリストテレスなどの古典との対話(読書)によって磨かれた。
私たちが『チ。』を読んで感動したのは、作者が高学歴だからではありません。「どこの大学を出たか」という既存の価値観(天動説)に縛られず、自分の頭で考え、自分の手で真理を掴み取ろうとするその姿勢(地動説)に、魂を揺さぶられたからです。
もしあなたが、学歴や肩書き、あるいは「自分には教養がない」というコンプレックスに悩んでいるなら、もう一度『チ。』を読み返してみてください。
ラファウも、バデーニも、オクジーも、誰一人として「完璧な人間」ではありませんでした。しかし、彼らは自らの知性と覚悟で世界を変えました。魚豊先生がペン一本で世界を驚かせたように、あなたにも、あなただけの「地動説」があるはずです。
さあ、もう一度、あの熱狂のページを開きましょう。きっと最初とは違う、新しい景色が見えるはずです。


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