2024年2月23日放送のTBS『A-Studio+』で、磯村勇斗とSnow Manの深澤辰哉が大学の同級生だったと明かされ、「そういえば大学ってどこだっけ?」「2年で辞めたの?2年半じゃなかった?」と疑問が生まれた方は多いはずです。
ネットで調べると「2年で中退」「2年半で中退」という食い違う情報が目に入り、余計に混乱した経験はないでしょうか。
この記事では、磯村勇斗本人の①正確な中退時期、②中退の本当の理由、③深澤辰哉との関係の全容という3つの疑問に答えます。
磯村勇斗の出身大学——桜美林大学 芸術文化学群 演劇ダンス専修
結論から言えば、磯村勇斗の出身大学は東京都町田市に本部を置く私立・桜美林大学、学群は芸術文化学群(演劇ダンス専修)です。
磯村勇斗は2011年に桜美林大学へ入学しました。なぜこの大学を選んだのかについて、本人が過去のインタビューで経緯を明かしています。高校卒業後すぐに上京して芸能プロダクションや劇団に入ろうと考えていたものの、両親に強く反対されました。その結果、「演劇の勉強ができる大学ならば」という両親との折衷案として桜美林大学への進学を選んだのです。
参考文献:Deview 2015年9月16日配信「インタビュー 磯村勇斗」
なお、磯村が在学していた当時、芸術文化学群は町田キャンパスに置かれていましたが、2020年以降は東京ひなたやまキャンパスへ移転しています。現在の大学の姿とは環境が異なる点にご留意ください。
芸術文化学群の入試難易度は35〜37.5程度とされており(情報は時点によって変動するため、最新情報は各大学公式サイトをご確認ください)、演劇・ダンス・音楽・ビジュアルアーツといった表現のプロフェッショナルを育成することに特化した学群です。
磯村勇斗の学歴一覧
| 学校名 | 所在地 | 在学期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 沼津市立第一小学校 | 静岡県沼津市 | 1999年〜2005年(推定) | 地元公立 |
| 沼津市立第一中学校 | 静岡県沼津市 | 2005年〜2008年(推定) | 地元公立。中2で自主映画制作 |
| 静岡県立沼津西高等学校 | 静岡県沼津市 | 2008年〜2011年(推定) | 高2で沼津演劇研究所に入団 |
| 桜美林大学・芸術文化学群 | 東京都町田市(当時) | 2011年〜2013年 | 2年半で中退 |
「2年で中退」は誤情報——正しくは「2年半」、その根拠
結論:磯村勇斗が桜美林大学を中退したのは「2年半」後です。「2年で中退」という情報は誤りです。
この結論の根拠として最も信頼性が高いのは、磯村勇斗本人が語った次の言葉です。
「実は大学は2年半で中退してしまいました。大学でも1年に数本の舞台はあったのですが、結局は学生の授業。4年間も大学にいたら、自分の熱意がどんどん失われていく気がしたし、毎日に満足できなくなったんです」
これは磯村本人が2015年に直接語った言葉であり、中退時期についての最も確実な情報です。
映画情報サービス「映画.com」のプロフィールにも「2年半で退学」と明記されています。Wikipedia(日本語版)の磯村勇斗の項目も、複数の一次ソースを参照した上で「2年半で中退」と記載しています。
確認済みの事実
在学期間:2011年〜2013年(2年半)
根拠:磯村勇斗本人の発言(Deview・2015年9月)、映画.com、Wikipedia(日本語版)
なぜ「2年で中退」という情報が広まったのか——誤引用のメカニズム
「2年で中退」という情報が広まった背景には、明確な原因があります。
日刊スポーツが2017年8月26日に配信した記事「「ひよっこ」の磯村勇斗”ふるさと大使”で恩返し」の中で、人物紹介欄(略歴フォーマット)に「桜美林大に進むも2年で中退」という短縮表記が使われました。新聞やスポーツ紙の略歴欄は字数制限があるため、「2年半」が「2年」と短縮されたものと考えられます。
この略歴欄の短縮表記を、複数のまとめサイトや芸能情報サイトが一次情報として引用・拡散したことで、「2年で中退」という記述がネット上に広がりました。

一方で、同じ日刊スポーツを含む複数の媒体の本文記事、そして本人の直接発言はすべて「2年半」で一致しています。
情報を調べる際は、略歴欄などの短縮フォーマットではなく、本文記事や一次インタビューの記述を確認することが重要です。
磯村勇斗はなぜ大学を辞めたのか——3つの本人インタビューが語る理由
磯村勇斗が桜美林大学を中退した理由は、「授業に意味を感じなくなったから」という単純なものではありません。複数のインタビューから浮かび上がるのは、明確な目標を持った人間による合理的な決断の姿です。
「実は大学は2年半で中退してしまいました。大学でも1年に数本の舞台はあったのですが、結局は学生の授業。4年間も大学にいたら、自分の熱意がどんどん失われていく気がしたし、毎日に満足できなくなったんです」
「大学を辞めることはまったく怖くなかったです。高校までは義務的なところがあると思うんですけど、大学に行くのは完全に自分の意思。だから辞めるのも自分の意思だろうと。自己責任だと思えば、気持ちは楽でしたね」
「大学にいると芝居の相手は学内の人たちだけ。あのときの自分はそこにとどまるより、もっと外の世界を見てみたかった。もっといろんな経験がしたかった」
3つの発言を通じて見えてくるのは、「熱意の消耗を避けるための先手」「義務感ではなく意志による選択」「外の世界との実践的な交流への渇望」という、俳優としての成長を最短で追い求めた合理的な判断です。大学側の問題でも、学力的な問題でもなく、目標から逆算した能動的な決断であったことが、本人の言葉から明確に伝わってきます。
大学の同級生は深澤辰哉(Snow Man)——仲良しエピソードと”大学以来”の再会
磯村勇斗と深澤辰哉(Snow Man)の関係は、2024年2月23日放送のTBS『A-Studio+』で磯村本人が明かしたことで広く知られるようになりました。2人の関係を時系列で整理します。

①同学群で出会い(2011年〜)
深澤辰哉は磯村勇斗と同じ桜美林大学・芸術文化学群に在籍していたことが、2024年2月23日放送のTBS『A-Studio+』で磯村本人が明かしたことで広く知られるようになりました。
②磯村から声をかけ、「ふかたつ」と呼ぶ仲に
2人が仲良くなったきっかけは、磯村が深澤に声をかけたことです。磯村はその理由について、「ひと際オーラが違った。同じ学科で友達になりたかったから声をかけた」と語っています(出典:サンスポ 2024年2月24日)。当時、磯村は深澤のことを「ふかたつ」と呼んでいたことも明かされています。
③勉強をサポート
在学中、深澤が仕事で忙しかった際、磯村が授業のノートを見せるなど勉強面でサポートしていました(出典:スポニチアネックス 2024年2月24日「桜美林大中退・磯村勇斗 仲良しの超人気アイドルも中退し1度も再会叶わず 勉強も『教えてましたよ』」)。
④中退後は連絡が途絶える
2人はそれぞれ大学を中退したのち、連絡先が変わり、長年にわたって再会が叶わない状況が続いていました。磯村は「それ以来会っていない」と語っており、芸能界で活動しながらも接点がない状態が続いていたことが確認されています(出典:Wikipedia日本語版 磯村勇斗の項)。
⑤A-Studio+を機にSNSで”再接触”
2024年2月23日の放送後、磯村はInstagramのストーリーズに「ふかざわたつや 早くふかたつと再開したい 今日この頃」と投稿。これに対してSnow Man公式アカウントが磯村の投稿を引用し、「俺も会えるの楽しみにしてるよ!」と深澤が返信。磯村は「わ!想いが届いた!Snow Manさんの公式からありがとうございます」と感謝を伝え、11年以上越しの”再接触”がSNS上で実現しました(出典:モデルプレス 2024年2月25日)。
よくある疑問:深澤辰哉はなぜ大学を辞めたの?
深澤辰哉がなぜ桜美林大学を中退したのかについて、深澤本人からの公式なコメントや確認済みインタビューは現時点では確認されていません。
一部のウェブサイトでは「仕事が多忙になったため」と記載されているケースがありますが、これは推測の域を出ない情報であり、深澤本人が公式に語った内容ではありません。
深澤辰哉の大学中退の理由について、本人による公式な発言は確認されていません。「仕事多忙のため」という記述は一次情報に基づくものではなく、現時点では推測です。
中退後の軌跡——書類審査も通らなかった時代から最優秀助演男優賞まで
大学を中退した磯村勇斗を待っていたのは、決して平坦な道ではありませんでした。

中退直後、磯村は芸能事務所への所属を目指しましたが、オーディションの書類審査すら通過できない状況が続きました。本人は後の取材でこの時期を次のように振り返っています。
「書類審査で、そもそも受からないので、自分の外見に魅力がないなと思ったから。だったら芝居で這い上がるしかねえなってどんどん思い始めて、そこから凄く熱くなってきた」
出典:スポニチアネックス 2026年4月配信(日本テレビ系「おしゃれクリップ」での発言報道)
外見への自信よりも芝居への熱量で突破口を開こうとしたこの姿勢が、やがて30人キャパの小劇場から積み重なった実績として結実します。
転機は2014年。磯村が主演した舞台を観に来ていたマネージャーから声をかけられ、芸能事務所に所属。22歳でのことでした(出典:スポニチアネックス 2026年4月)。その翌年、2015年に『仮面ライダーゴースト』でレギュラー出演を果たし、2017年のNHK連続テレビ小説『ひよっこ』での前田秀俊役でブレイク。そして2024年3月、映画『月』での演技が評価され、第47回日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞を受賞しました。
大学を中退しなければ生まれなかった2年間の下積みが、今の磯村勇斗を構成しているとも言えます。
まとめ:磯村勇斗の大学と中退、3つのポイント
磯村勇斗の学歴と中退について、この記事で確認できた事実を整理します。
- 大学名と学群: 桜美林大学・芸術文化学群(演劇ダンス専修)に2011年入学。在学当時のキャンパスは東京都町田市。
- 中退時期:「2年半」が正確。 磯村本人が2015年のインタビューで明言しており、映画.comやWikipediaの記述も一致。「2年で中退」という情報は日刊スポーツの略歴欄(短縮表記)が誤引用・拡散されたもの。
- 深澤辰哉との関係: 同学群の同級生。磯村から声をかけて交流が始まり、磯村が勉強をサポートしていた。2人ともそれぞれ大学を中退後は長年すれ違いが続いたが、2024年2月のA-Studio+放送後にSNSで”再接触”が実現した。
磯村勇斗の中退は「夢から逃げなかった決断」であり、書類審査にも通れなかった2年間の無所属期間を経て現在の活躍がある——その事実は、多くの出演作品を知るファンにとっても新たな角度で磯村勇斗という俳優を理解する手がかりになるはずです。
参考文献
- Deview 2015年9月16日配信「インタビュー 磯村勇斗」
- ぴあ映画 2022年8月23日配信「磯村勇斗を突き動かした”外の世界への憧れ”『大学を辞めることはまったく怖くなかった』」
- サンスポ 2024年2月24日配信「磯村勇斗、SnowManの深澤辰哉は大学の同級生『ひと際オーラが違った』」
- スポニチアネックス 2024年2月24日配信「桜美林大中退・磯村勇斗 仲良しの超人気アイドルも中退し1度も再会叶わず 勉強も『教えてましたよ』」
- モデルプレス 2024年2月25日配信(磯村・深澤のSNS上のやりとりに関する報道)
- スポニチアネックス 2026年4月配信(日本テレビ系「おしゃれクリップ」での磯村勇斗の発言報道)
- 映画.com 磯村勇斗プロフィール
- Wikipedia日本語版「磯村勇斗」

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